2013年11月20日

頭の肉も無駄なく、おいしく

仕事が終わって帰り支度をしていると、上司が 「会社の裏に、釜山で一番おいしいと評判の편육(ピョニュッ=片肉)の店があるんだけど、見に行ってみない?」 と言う。ピョニュッという言葉は初めて聞いた。何かと尋ねるとPCで画面を見せてくれた。スライスした肉のようで、一見、수육(スユッ=茹で肉)のようにも見える。

「スユッとはちょっと違うんだ。見に行けば分かるよ。自分は買って帰るつもりなんだけど、食べたことないなら試しに買ってみたら?」 とのこと。興味をそそられ、一緒に店に行ってみた。

場所は水晶(スジョン)市場の中。この通りはもう数えきれないほど何度も通っているが、そう言えば、巨大な釜で豚肉を茹でているのをあちこちの店先でよく見かける。解体する前の豚肉をそのまま吊り下げている店があったり、豚の頭部を無造作に置いてある店があったり、とにかく豚肉を扱う店が多い通りだ。

向かったのは 「진주식당」(チンジュ食堂)という店。やはり店先の大きなたらいの中から豚の頭部がのぞいていた。水につけて血抜きしているようだ。上司によるとこの店のピョニュッはたいそう人気で、特に朝、よく売れるのだとか。韓国人は登山が大好きだが、山に登る前にここで肉を買っていき、頂上で一杯やるときにおつまみとして食べるのだという。なるほど。

さて、そのピョニュッを注文すると、店のおばさんが奥から肉の塊を持ってきて、店先の大きなまな板の上にのせた。肉の塊といっても、一般的によく見かける肉の塊ではない。ぎゅっと押し固めた肉のように見える。これは豚肉ですかと尋ねると 「そう。豚の頭の肉を茹でて、あれで押したものね」 と。

「あれ」 と言ったおばさんの視線の先には機械が置いてあった。円形のハンドルを回すことで板が下がる仕組みになっている。板の下に肉を置いてハンドルを回すと肉が圧縮され、余分な脂が抜けるのだ。

おばさんは 「肉を茹でてあれで押したもの」 と簡単におっしゃったが、実際にはけっこう手間のかかる作業のようだ。まず、充分に血抜きした豚の頭をタマネギやショウガ、ニンニクなど匂いを消すための材料とともに大釜でしっかり茹でる。茹であがったら骨から身を外し、熱いうちに麻布などできっちり包んで(または麻袋などに入れて口をしっかり絞って)、重石をするか圧縮機を使って脂を抜きながら半日ほど押し固める。

おばさんが店の奥から持ってきた肉の塊は、この押し固めた状態のものだったのだ。よく切れそうな大きな包丁で、まずは表面を薄くそぐように取り除いていく。表面の部分は食べないようだ。何か他の用途があるのだろうか。

表面をそいだら、肉を適当な大きさに削ぎ切りにしていく。時に角度を変えながら、どんどん削いでいく。途中、「よかったら味見してください」 と、塩と一緒に何切れか出してくれた。私はピョニュッを食べるのは多分これが初めてだが、非常においしかった。

そしてそれとは別の小さめの塊も適当な厚さに切り分けていた(帰宅後、食べてみるとこれはレバーのようだった)。重さを量りながら両方をバランスよく袋に詰める。確か500gくらいで10,000wだった。

そしてピョニュッにつけて食べる用のアミエビの塩辛と味噌も一緒に袋に入れてくれた。

店の名前が 「진주식당」(チンジュ食堂)なので、もしや晋州(チンジュ)のご出身かと思って聞いてみたら、チンジュというのは娘さんのお名前なのだそう。そのチンジュさんも、同じ通りで食堂を経営しているのだとか。「この通りのもうちょっと先でね」 とそちらの方向を見やるおばさんの視線からは、娘を思う母の愛情が感じられた。

さて、帰宅後、早速夫と一緒にいただいてみた。これで10,000w分(▼)。かなりボリュームがある。

頭の肉も無駄なく、おいしく

肉そのものには塩気がないので、一緒に入れてくれた塩辛や味噌(쌈장)などと一緒に食べるとおいしさが引き立つ。

頭の肉も無駄なく、おいしく

食感はハムのような感じ。長時間茹でることで脂が落ちているうえ、さらに圧縮機で圧力をかけて脂を抜いているため、脂っこさはない。豚肉特有のにおいもなく、適度な歯ごたえがあってまさにハムのよう。非常においしい。

鼻や耳を含めた豚の頭部の皮や肉など、いろいろな部位がぎゅっと押し固められている様子が断面からも見て取れる。ゼラチン質や軟骨、赤身、脂身などが交じりあった断面はテリーヌのようだ。

頭の肉も無駄なく、おいしく

手前の三角形はレバー(多分▼)。ほのかにレバー独特のにおいがする。食感もポソポソせずおいしい。

頭の肉も無駄なく、おいしく

さて、この肉のことを上司は편육(ピョニュッ=片肉)と呼んでいたが、本来、ピョニュッは 「牛や豚などの茹で肉を薄切りにしたもの」 という意味らしい。なのでピョニュッに違いはないが、もう少し正確に言うとすれば 「돼지머리 편육」(豚の頭のピョニュッ)とか、「돼지머리 누름고기」(豚の頭の肉を押し固めたもの)ということになるだろうか。

いずれにしても、釜山で一番おいしいと言われるだけあって、非常においしくいただいた。豚の頭というとギョッとするかもしれないが、人間が豚肉を食べる以上、豚の頭も副産物として必ず出るわけで、その頭部も無駄なくおいしく食べるという知恵から生まれた食べ物だろう。

진주식당(チンジュ食堂)
釜山市東区水晶2洞157-3
(051) 468-4324


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この記事へのコメント
はじめまして、在日韓国人2世 62歳の男性です。
dilberauさんのこのblogを楽しく読ませていただいています。
今回のピョニュッの記事を読み飛び上がるほど喜んでいます。
実は、私が探し求めていたものだったからです。
以前、大阪の同胞が作っていたものを(私達は、耳ハムと呼んでいましたが)親戚から送っていただき、大好物でした。でも、廃業されてしまったので、入手方法が、分からず、幻の大好物になってしまっていました。
dilberauさんの御蔭で釜山で食することが、可能だと判りました。
有難うございました。 今後も、宜しくお願いします。
Posted by selectaje at 2013年11月21日 19:15
selectaje さま

はじめまして。
ブログを読んでくださっているとのこと、ありがとうございます。

そうでしたか。確かに 「耳ハム」 という表現はぴったりですね。
私は大阪出身ですが、職場の近くにコリアタウンがあり、韓服を売る店や、店先でチジミを焼く店、キムチを売る店などが並んでいました。当時は韓国に特に興味を持っていませんでしたが、もしかしたらあの中に 「耳ハム」 を売る店もあったのかもしれませんね。

ところで、この店は職場の上司(韓国人)曰く、釜山で一番おいしいと評判の店だそうです。地図を添付します。ご参考までに。

http://map.konest.com/dpoi/200463118

こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
Posted by dilbelaudilbelau at 2013年11月21日 20:17
dilbelauさん
地図まで添付していただき有難うございます。
釜山を訪問した際には、是非ともチンジュ食堂に行きたいと思っています。
実は、dilbelauさんが、先に紹介された古漬けキムチ料理の「ナドゥルモ」にも、とても興味を持ち住所と地図をプリントしました。
私の妻は、大阪出身の在日韓国人2世です。私は、三重県生まれで岐阜県に居住しています。
これからも、このblogを愉しみにさせていただきます。
Posted by selectaje at 2013年11月22日 10:57
selectaje さま

いいえ^^

奥様は大阪ご出身ですか。親近感がわきます^^
「チンジュ食堂」も「ナドゥルモッ」もお口に合いますように。
Posted by dilbelaudilbelau at 2013年11月22日 13:35
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