2010年05月09日

'10.5.9(日)二人の妓女

つづき

さて、地面(水面)より高い場所が起点であった海岸散策路も、歩き進むに連れて徐々に遊歩道の高さが低くなり、やがて地面を歩くようなコースになる。二妓台はもう何度も歩いたが、今までに見た中でこの日の海の色が一番きれいに見えた。

10.5.9(日)二人の妓女

10.5.9(日)二人の妓女

釣り人も多い。

10.5.9(日)二人の妓女

いつもとは反対側から見る広安大橋。

10.5.9(日)二人の妓女

さてこの二妓台、その名前の由来はというと、

「文禄・慶長の役のとき、日本軍は水営城を陥落した後、近くの景色のいい場所を選び祝いの宴を開いた。その時、祝宴に参席した水営の妓女が日本軍の隊長に酒を勧め、酒に酔った隊長を抱きかかえて海に身を投げて死んだという。その二人の妓女の墓があることから 『二妓台』 と呼ぶようになったと伝えられている。」

と、案内板に(日本語でも)書いてある。
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日本軍の上層部を酒に酔わせ、抱きかかえて自分も一緒に身投げするという話は、以前夫と晋州へ行ったときにも聞いたことがある。「논개(論介=ノンゲ)」 という名前の妓女が、同じように身投げしたという岩(의암=義岩)が晋州城内にあった(▼)。

10.5.9(日)二人の妓女

そしてこちら(▼)が、自らの命を犠牲にして敵国・日本軍の上層部とともに身投げした 「義妓・論介」 を祀る石碑。

10.5.9(日)二人の妓女

(写真はいずれも2008年6月1日に撮影)
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そんな歴史を抱えて広がる碧い海を見ながら、私たち3人は散策路の先の方にある広場あたりで腰を下ろして休憩。帰りは今来た散策路を通らず、山側に入って戻っていった。

10.5.9(日)二人の妓女

この日は何キロぐらい歩いただろうか。けっこうたくさん歩いたが、天気もよくおしゃべりしながら楽しく歩き、いい運動になった。


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