2012年01月11日
対馬紀行-二ノ城戸跡 15
つづき
ビングシ山の門跡・土塁のあるところから、二ノ城戸を目指してさらに山道を歩いて行く。このあたりからさらに道は細くなり、山道というよりは獣道に近いような感じだ。しかし、危なくないように木の板を階段状にとりつけたりと整備はされている。この道を下りて行く(▼)。

道のところどころには標識が立っていて、韓国語と英語も併記されている。韓国人観光客が多い島だということをあらためて感じる。

しばらくうっそうと生い茂った木立の中をどんどん下っていくと、やがて少し明るい空間に出てくる。

ここが二ノ城戸城門跡。標高約27m、海岸からの距離約70mだそうだ。

案内板によると、
二ノ城戸城門跡は、かねてから柱穴のある門礎石が2石露出しており、また門にとりつく石垣も比較的良く残っていた。平成11年度の発掘調査で、新たな門礎石、敷石などが確認された。城門は正面の間口1間(約3m)奥行3間(約5m)の規模と推測される。城門両側の石垣は海側から見た高さが5m以上あり、築造当時は威容を誇っていたと思われる。
二ノ城戸城門跡整備は、平成16~18年度まで門にとりつく両側の石垣と門跡の側壁の整備を行った。北側の石垣は、足元を固定するため、礫籠(れきかご)を置いているが、これは築造当時は無かったもの。
城門跡遺構は最終的には露出展示を考えているが、現在は上流からの雨水流出から遺構を守るため礫籠で保護している。現在、仮設の見学用階段を設けている。
仮説の階段を下りて、左右の石垣を見上げたところ(▼)。


663年に築造され、約1350年経った現在でもこの状態で残っているというのは驚きだ。
門礎石(▼)。当時この硬い石をどうやって円形にくりぬいたのだろう。

二ノ城戸跡からは、木々の間に海が見える(▼)。

二ノ城戸跡の整備が完成するとこのようになる予定だそうだ(▼)。

ここからさらに一ノ城戸まで進む。二ノ城戸から約150mのところだそうだ。
つづく
ビングシ山の門跡・土塁のあるところから、二ノ城戸を目指してさらに山道を歩いて行く。このあたりからさらに道は細くなり、山道というよりは獣道に近いような感じだ。しかし、危なくないように木の板を階段状にとりつけたりと整備はされている。この道を下りて行く(▼)。
道のところどころには標識が立っていて、韓国語と英語も併記されている。韓国人観光客が多い島だということをあらためて感じる。
しばらくうっそうと生い茂った木立の中をどんどん下っていくと、やがて少し明るい空間に出てくる。
ここが二ノ城戸城門跡。標高約27m、海岸からの距離約70mだそうだ。
案内板によると、
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二ノ城戸城門跡は、かねてから柱穴のある門礎石が2石露出しており、また門にとりつく石垣も比較的良く残っていた。平成11年度の発掘調査で、新たな門礎石、敷石などが確認された。城門は正面の間口1間(約3m)奥行3間(約5m)の規模と推測される。城門両側の石垣は海側から見た高さが5m以上あり、築造当時は威容を誇っていたと思われる。
二ノ城戸城門跡整備は、平成16~18年度まで門にとりつく両側の石垣と門跡の側壁の整備を行った。北側の石垣は、足元を固定するため、礫籠(れきかご)を置いているが、これは築造当時は無かったもの。
城門跡遺構は最終的には露出展示を考えているが、現在は上流からの雨水流出から遺構を守るため礫籠で保護している。現在、仮設の見学用階段を設けている。
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仮説の階段を下りて、左右の石垣を見上げたところ(▼)。
663年に築造され、約1350年経った現在でもこの状態で残っているというのは驚きだ。
門礎石(▼)。当時この硬い石をどうやって円形にくりぬいたのだろう。
二ノ城戸跡からは、木々の間に海が見える(▼)。
二ノ城戸跡の整備が完成するとこのようになる予定だそうだ(▼)。
ここからさらに一ノ城戸まで進む。二ノ城戸から約150mのところだそうだ。
つづく
Posted by dilbelau at 08:58│Comments(0)
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