2010年07月11日
『高宗、スターバックスへ行く』
つづき
강준만(カン・ジュンマン)教授と、彼の弟子오두진(オ・ドゥジン)氏が書いた 『高宗、スターバックスへ行く』 は、わが国のコーヒーとコーヒーハウスの変遷史を通して、社会の様子を興味深く照らし出す本だ。

わが国に初めてコーヒーが流入したのは、開化と近代化の風が吹いていた1890年頃だ。以後、1927年わが国の人々が経営する最初の다방(タバン) ”카카듀(カカデュー)” がオープンし、西欧でと同じくわが国も、コーヒーが芸術家たちの人生の中に深く入り込み始めた。1930年代になると、韓国人が運営する다방(タバン)が増え、文人や芸術家、ルンペンの사랑방(サランバン)と避難所となる。
70年代には音楽タバンが流行してタバン全盛期を迎え、それと同時に退廃タバンも人気を集めた。80年代に入ると、コーヒー専門店が登場した。
スターバックスが登場した90年代は、コーヒー専門店が本格的に高級化され始めた時期で、2000年代に入りコーヒーが国民の飲み物としての地位を獲得し、テイクアウトコーヒーハウスが人気の絶頂だ。
本で著者は110年にわたる国内のコーヒーとタバンの変遷史を通し、西欧化に向かった欲望と ”빨리빨리(早く早く)” 文化をとらえている。戦争の惨禍を経験した韓国人は、西洋を目標にしてちゃんと生きていこうという一念からいつも何かに急かされており、コーヒー文化もそんな切迫性を避けて行くことはできないということだ。
過去のタバンはまた、芸術家たちのアジトであり事業家たちの連絡所であり、詐欺師たちの権謀術数の論議から、善男善女のお見合いの場所になるまで、その社交的機能が多様であった。
これは、”公だけが公ではなく、私がより公であり得る” 韓国的メカニズムを反映しているということだ。公的論議は儀礼的なもので、実質的な決定は私的な人間関係を通してなされるという、わが国のコミュニケーション方式をよく表してくれているのが、すなわちタバン文化だというのが著者の分析だ。
『コーヒーハウス変遷史を通してみる我々の社会』
강준만(カン・ジュンマン)教授と、彼の弟子오두진(オ・ドゥジン)氏が書いた 『高宗、スターバックスへ行く』 は、わが国のコーヒーとコーヒーハウスの変遷史を通して、社会の様子を興味深く照らし出す本だ。

わが国に初めてコーヒーが流入したのは、開化と近代化の風が吹いていた1890年頃だ。以後、1927年わが国の人々が経営する最初の다방(タバン) ”카카듀(カカデュー)” がオープンし、西欧でと同じくわが国も、コーヒーが芸術家たちの人生の中に深く入り込み始めた。1930年代になると、韓国人が運営する다방(タバン)が増え、文人や芸術家、ルンペンの사랑방(サランバン)と避難所となる。
70年代には音楽タバンが流行してタバン全盛期を迎え、それと同時に退廃タバンも人気を集めた。80年代に入ると、コーヒー専門店が登場した。
スターバックスが登場した90年代は、コーヒー専門店が本格的に高級化され始めた時期で、2000年代に入りコーヒーが国民の飲み物としての地位を獲得し、テイクアウトコーヒーハウスが人気の絶頂だ。
本で著者は110年にわたる国内のコーヒーとタバンの変遷史を通し、西欧化に向かった欲望と ”빨리빨리(早く早く)” 文化をとらえている。戦争の惨禍を経験した韓国人は、西洋を目標にしてちゃんと生きていこうという一念からいつも何かに急かされており、コーヒー文化もそんな切迫性を避けて行くことはできないということだ。
過去のタバンはまた、芸術家たちのアジトであり事業家たちの連絡所であり、詐欺師たちの権謀術数の論議から、善男善女のお見合いの場所になるまで、その社交的機能が多様であった。
これは、”公だけが公ではなく、私がより公であり得る” 韓国的メカニズムを反映しているということだ。公的論議は儀礼的なもので、実質的な決定は私的な人間関係を通してなされるという、わが国のコミュニケーション方式をよく表してくれているのが、すなわちタバン文化だというのが著者の分析だ。
Posted by dilbelau at 09:01│Comments(0)
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