2012年06月17日

イ・ユンテク監督の挨拶 2

つづき

ステージ横の、役者らが控えているテント下には、この創作ミュージカルを作り演出した이윤택(イ・ユンテク)監督の姿も(▼)。カマゴル小劇場の代表者であり、「演戯団コリペ」 の代表も務めている方だ。イ・ユンテク監督と言えば、以前見に行った 『하녀들』(下女たち)を思い出す。

イ・ユンテク監督の挨拶 2

ステージ横には、上演中に使われる小道具や衣装が準備されていた(▼)。台車にのせられている古い書物は、劇中、重要な役割を果たす。

イ・ユンテク監督の挨拶 2

開演20分前、すでに満席(▼)。平日の夜にも関わらず多くの人が来ていたのは、韓国の国民的英雄イ・スンシンを扱ったミュージカルで、しかも釜山を代表する演劇人イ・ユンテク監督の作・演出であり、さらに無料だということが大きいのだろうか。

イ・ユンテク監督の挨拶 2

開演に先立ち、イ・ユンテク監督(左▼)と釜山博物館양맹준(ヤン・メンジュン)館長の挨拶。

イ・ユンテク監督の挨拶 2

国立である金海(キメ)博物館には劇場(講堂)があるのに対し、市立の釜山博物館には劇場1つない。釜山の文化的環境の悪さに対する抗議の意味も込めてこのミュージカルを上演する、とはイ・ユンテク監督の言葉。

確かに、ステージは少し高い位置に設置してあるが、観客用の椅子は全くの平面に並べられているため、客席の後ろに行けば行くほど前の人の頭でさえぎられて見えにくくなる。また、開演の19時にはまだ日が暮れておらず明るいため、本来は開演時から見えるべき字幕もミュージカルの途中までは見えない状態。「まぁ、字幕にとらわれずに見てください」 と。

本来は2時間30分のミュージカルを、この日の行事用に1時間40分に短縮して上演するのだそう。

さらに、ミュージカルが上演された今年の6月4日は陰暦4月15日。ちょうど470年前のこの日(1592年4月15日)に、日本軍が東莱城への攻撃を始めたのだ。

いよいよ開演。文禄の役の前年である1591年、イ・スンシンが全羅左道水軍節度使(略称・全羅左水使)として大家族をひきつれて赴任する場面から始まる(▼)。

イ・ユンテク監督の挨拶 2

一番左はイ・スンシンの母(▼)。

イ・ユンテク監督の挨拶 2

つづく


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