2012年04月25日
オルセーを夢見て
つい数日前の新聞(釜山日報)に、釜山鎮駅のことを報じる記事がのっていた。
7年間使われずに放置されていた釜山鎮駅の駅舎が、今年2~3月にハンブルグと釜山の交流美術展の会場として活用され、駅舎の変身を歓迎する声があったにもかかわらず、今度は割引セールの販売場として使われることになったという内容。駅舎の行方はいまだはっきりせず、迷走しているという話だった。
ところが、今日の釜山日報(2面)に同じく釜山鎮駅の駅舎について、以下のような記事が掲載されていた。
7年間使われないまま放置されている釜山鎮駅で、「2012釜山ビエンナーレ特別展」 が開かれる。
特別展は、釜山市立美術館で開催される本展示にあわせ9月22日〜11月24日に開かれる。特別展は、釜山鎮駅以外にも釜山文化会館の大・中展示室、広安里の遊園地 「ミーワールド」 で同時に開かれる。
釜山市と釜山ビエンナーレ組織委員会(以下ビエンナーレ組織委員会)は、釜山鎮駅を所有・管理するKORAIL(韓国鉄道公社)から、2012釜山ビエンナーレ特別展会場としての使用許可を得たと24日明らかにした。
2月の 「釜山・ハンブルク国際美術交流展」 に続いてこの特別展が開かれることで、釜山鎮駅は美術と市民を結ぶコミュニケーションの場として脚光を浴びることになった。
イ・ドゥシク・ビエンナーレ運営委員長は 「特別展を開くには今の駅の環境はひどい。市から3000万ウォンの支援を受け、きちんとした展示ができるように整備する予定だ」 と話した。
釜山鎮駅での特別展の開催について地域美術家たちは、釜山は文化芸術面が遅れており大きな意味があるとみている。特別展をすることで、文化後進地・釜山のイメージを払拭できるからだ。
イ・ドゥシク委員長は 「場所でいえば、これほど魅力的な空間は少ない。アクセスがよく、交通量が多く、市民の目につくスペースだ。市民と交流しやすい場所にあり、ビエンナーレが市民に親しまれるよう努力していく。これは、ビエンナーレのテーマ “学びの園(Garden of Learning)” の究極の目的でもある」 と述べた。
さらに 「特別展を企画進行する10人のキュレーターの中の4~5人で、釜山鎮駅の特別展の構想をすすめていく」 と語る。21日にはキュレーター10人全員が釜山鎮駅を見学した。
釜山鎮駅の門は、ビエンナーレが終われば再び閉じられるかもしれない。しかし、美術展示が続くことで、「釜山のオルセー美術館」 となる夢も見られるようになった。オルセーは駅として1900年に建てられた。しかし、鉄道技術の発展で駅としては使えなくなり1939年に閉鎖された。駅舎は捕虜収容所(1945)や映画撮影現場(1962)などに使われたが、その後長く放置されていた。だが、1986年、ついに美術館に生まれ変わった。捨てられた駅の驚くべき変身だった。
ある美術関係者は 「釜山鎮駅がオルセー美術館になれないことはない。展示会場としての使用率を高めていけば、夢が現実になる可能性もある」 と述べる。
オルセーとはまた大きく出たものだが、それはともかく、せっかく新たな “顔” を披露したばかりの釜山鎮駅駅舎。ビエンナーレの開催により、今後も有効に市民も喜ぶような活用方法が見出せればといいと思う。(オルセー美術館▼)


7年間使われずに放置されていた釜山鎮駅の駅舎が、今年2~3月にハンブルグと釜山の交流美術展の会場として活用され、駅舎の変身を歓迎する声があったにもかかわらず、今度は割引セールの販売場として使われることになったという内容。駅舎の行方はいまだはっきりせず、迷走しているという話だった。
ところが、今日の釜山日報(2面)に同じく釜山鎮駅の駅舎について、以下のような記事が掲載されていた。
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美術館に変身 釜山鎮駅 「オルセー」 を夢見て
7年間使われないまま放置されている釜山鎮駅で、「2012釜山ビエンナーレ特別展」 が開かれる。
特別展は、釜山市立美術館で開催される本展示にあわせ9月22日〜11月24日に開かれる。特別展は、釜山鎮駅以外にも釜山文化会館の大・中展示室、広安里の遊園地 「ミーワールド」 で同時に開かれる。
釜山市と釜山ビエンナーレ組織委員会(以下ビエンナーレ組織委員会)は、釜山鎮駅を所有・管理するKORAIL(韓国鉄道公社)から、2012釜山ビエンナーレ特別展会場としての使用許可を得たと24日明らかにした。
2月の 「釜山・ハンブルク国際美術交流展」 に続いてこの特別展が開かれることで、釜山鎮駅は美術と市民を結ぶコミュニケーションの場として脚光を浴びることになった。
イ・ドゥシク・ビエンナーレ運営委員長は 「特別展を開くには今の駅の環境はひどい。市から3000万ウォンの支援を受け、きちんとした展示ができるように整備する予定だ」 と話した。
釜山鎮駅での特別展の開催について地域美術家たちは、釜山は文化芸術面が遅れており大きな意味があるとみている。特別展をすることで、文化後進地・釜山のイメージを払拭できるからだ。
イ・ドゥシク委員長は 「場所でいえば、これほど魅力的な空間は少ない。アクセスがよく、交通量が多く、市民の目につくスペースだ。市民と交流しやすい場所にあり、ビエンナーレが市民に親しまれるよう努力していく。これは、ビエンナーレのテーマ “学びの園(Garden of Learning)” の究極の目的でもある」 と述べた。
さらに 「特別展を企画進行する10人のキュレーターの中の4~5人で、釜山鎮駅の特別展の構想をすすめていく」 と語る。21日にはキュレーター10人全員が釜山鎮駅を見学した。
釜山鎮駅の門は、ビエンナーレが終われば再び閉じられるかもしれない。しかし、美術展示が続くことで、「釜山のオルセー美術館」 となる夢も見られるようになった。オルセーは駅として1900年に建てられた。しかし、鉄道技術の発展で駅としては使えなくなり1939年に閉鎖された。駅舎は捕虜収容所(1945)や映画撮影現場(1962)などに使われたが、その後長く放置されていた。だが、1986年、ついに美術館に生まれ変わった。捨てられた駅の驚くべき変身だった。
ある美術関係者は 「釜山鎮駅がオルセー美術館になれないことはない。展示会場としての使用率を高めていけば、夢が現実になる可能性もある」 と述べる。
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オルセーとはまた大きく出たものだが、それはともかく、せっかく新たな “顔” を披露したばかりの釜山鎮駅駅舎。ビエンナーレの開催により、今後も有効に市民も喜ぶような活用方法が見出せればといいと思う。(オルセー美術館▼)


Posted by dilbelau at 20:59│Comments(0)
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