2012年06月22日
ドンピランの壁画
壁画アートで有名な동피랑(ドンピラン)についての記事をご紹介(釜山日報2012年6月21日1面)
慶尚南道・통영(トンヨン)の 「モンマルトル」 と呼ばれるドンピランが受難にあえいでいる。
ゴミのポイ捨てや住居侵入など、一部観光客の無分別な行動のため、村の住民らの不満は爆発寸前だ。最近ついに、これに耐えかねた住民が、壁画にペンキをかけるという事態まで起こってしまった。
それは白昼、観光客や住民らが見ている中で起こった。この住民は壁画の上にペンキをまき、ドンピランの壁画を管理・運営する 「プルントンヨン21」 に、自分がやったと堂々と申告した。この住民は「壁画のために、村じゅうにゴミが捨てられ騒々しくなり、おちおち生活できない」と不満を述べた。
実際、昼夜を問わず観光客が押し寄せ、路地を走りまわって騒ぎ、ひどい場合は家の中までのぞきこみ、住民らは大変迷惑してきた。村で会ったある住民は「観光客は住民の迷惑を全く考えていないようだ。もう少し住民に配慮してくれたら、ドンピランは全国的な名所として長く残るだろう」と話す。
ペンキで汚された作品は元に戻せないので、その絵を描いた作家が材料費を支給してもらって20日から描き直している。先月末には、ドンピランの頂上付近の塀に描かれていた「白馬」にもペンキがかけられひどく損なわれた。
観光客の中には、ドンピラン訪問の記念にと作品に自分の名前を書き残していく人もいる。
壁画の毀損が続いたため 「プルントンヨン21」 とトンヨン市は、騒いだりゴミをポイ捨てしたり、住民のプライバシーを侵害するような行為をやめるよう、何カ所かに案内文を掲示した。「プルントンヨン21」の関係者は 「住民の負担を少しでも取り除くため、老人堂や共同トイレを設置するなど努力している。住民とのコミュニケーションをはかり、不祥事が起きないようにしたい」 と話す。

(▲赤いスプレーが吹きつけられた壁画を描き直している作家。写真=釜山日報より)
この記事を読んで思い浮かんだのが、「韓国のサントリーニ」 と呼ばれる釜山の 「감천문화마을」=甘川(カムチョン)文化マウル。山の急斜面に張り付くように家々が建つエリアだ。2009年(マチュピチュ)と2010年(迷路迷路)の2度の 「アートプロジェクト」 により、10点のオブジェと6つの家(ギャラリーやブックカフェなど)が設置され、6つの路地が新たに生まれ変わった。もともと、映画 『HERO』 などのロケ地としても知られていたが、アートプロジェクトが実施されたことで、より多くの観光客が訪れるようになった。一種の町おこしだ。
朝鮮戦争当時、押し寄せた避難民が住む場所を求めて山の上へ上へと上がっていき形成された町。家は建て直しても、そのまま約60年間そこに住み続けている人も少なくないだろう。そんな住民にとっては、カムチョン文化マウル(カムチョン2洞)はあくまでも 「生活の場」。しかし、そこを 「観光地」 として訪れる人も少なくない。
自分たちの生活の場で暮らしている人々と、観光地として訪れる人々。両者の間には大きなギャップがあるように思う。
それを象徴するのが、今回のドンピランの出来事だったのではないかと思う。ドンピランは壁画で一躍有名になり、国内はもとより日本からも多くの観光客が訪れる観光地になった。同じくカムチョン文化マウルもアートプロジェクトによって “生まれ変わり”、多くの人々が訪れるようになった。観光客は異国的な風景を楽しみ、住民の中にも町に活気が出て明るくなってよかったと感じている人もいるだろう。
しかしその一方で、記事にあるように、観光客が来て騒がしくなりゴミも捨てられ家の中まで覗き見られ、静かで平穏な生活が奪われたと感じる住民がいるのも事実だ。
多くの観光客に楽しまれている壁画も、立場が変わればまさに “諸悪の根源”。くだんの住民は 「あの絵のせいで迷惑をこうむっている」 と感じ、怒りの矛先を絵に向けたというわけだ。それまでは我慢してきたが、いよいよ腹にすえかねるようになったのだろう。
せっかくの壁画やアートプロジェクトも、そこで暮らす住民の生活やプライバシーが保たれ、訪れる人がマナーをわきまえてこそ、その価値が生きると言えるだろう。
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トンヨン(統営)壁画村ドンピラン「受難時代」
慶尚南道・통영(トンヨン)の 「モンマルトル」 と呼ばれるドンピランが受難にあえいでいる。
ゴミのポイ捨てや住居侵入など、一部観光客の無分別な行動のため、村の住民らの不満は爆発寸前だ。最近ついに、これに耐えかねた住民が、壁画にペンキをかけるという事態まで起こってしまった。
それは白昼、観光客や住民らが見ている中で起こった。この住民は壁画の上にペンキをまき、ドンピランの壁画を管理・運営する 「プルントンヨン21」 に、自分がやったと堂々と申告した。この住民は「壁画のために、村じゅうにゴミが捨てられ騒々しくなり、おちおち生活できない」と不満を述べた。
実際、昼夜を問わず観光客が押し寄せ、路地を走りまわって騒ぎ、ひどい場合は家の中までのぞきこみ、住民らは大変迷惑してきた。村で会ったある住民は「観光客は住民の迷惑を全く考えていないようだ。もう少し住民に配慮してくれたら、ドンピランは全国的な名所として長く残るだろう」と話す。
ペンキで汚された作品は元に戻せないので、その絵を描いた作家が材料費を支給してもらって20日から描き直している。先月末には、ドンピランの頂上付近の塀に描かれていた「白馬」にもペンキがかけられひどく損なわれた。
観光客の中には、ドンピラン訪問の記念にと作品に自分の名前を書き残していく人もいる。
壁画の毀損が続いたため 「プルントンヨン21」 とトンヨン市は、騒いだりゴミをポイ捨てしたり、住民のプライバシーを侵害するような行為をやめるよう、何カ所かに案内文を掲示した。「プルントンヨン21」の関係者は 「住民の負担を少しでも取り除くため、老人堂や共同トイレを設置するなど努力している。住民とのコミュニケーションをはかり、不祥事が起きないようにしたい」 と話す。

(▲赤いスプレーが吹きつけられた壁画を描き直している作家。写真=釜山日報より)
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この記事を読んで思い浮かんだのが、「韓国のサントリーニ」 と呼ばれる釜山の 「감천문화마을」=甘川(カムチョン)文化マウル。山の急斜面に張り付くように家々が建つエリアだ。2009年(マチュピチュ)と2010年(迷路迷路)の2度の 「アートプロジェクト」 により、10点のオブジェと6つの家(ギャラリーやブックカフェなど)が設置され、6つの路地が新たに生まれ変わった。もともと、映画 『HERO』 などのロケ地としても知られていたが、アートプロジェクトが実施されたことで、より多くの観光客が訪れるようになった。一種の町おこしだ。
朝鮮戦争当時、押し寄せた避難民が住む場所を求めて山の上へ上へと上がっていき形成された町。家は建て直しても、そのまま約60年間そこに住み続けている人も少なくないだろう。そんな住民にとっては、カムチョン文化マウル(カムチョン2洞)はあくまでも 「生活の場」。しかし、そこを 「観光地」 として訪れる人も少なくない。
自分たちの生活の場で暮らしている人々と、観光地として訪れる人々。両者の間には大きなギャップがあるように思う。
それを象徴するのが、今回のドンピランの出来事だったのではないかと思う。ドンピランは壁画で一躍有名になり、国内はもとより日本からも多くの観光客が訪れる観光地になった。同じくカムチョン文化マウルもアートプロジェクトによって “生まれ変わり”、多くの人々が訪れるようになった。観光客は異国的な風景を楽しみ、住民の中にも町に活気が出て明るくなってよかったと感じている人もいるだろう。
しかしその一方で、記事にあるように、観光客が来て騒がしくなりゴミも捨てられ家の中まで覗き見られ、静かで平穏な生活が奪われたと感じる住民がいるのも事実だ。
多くの観光客に楽しまれている壁画も、立場が変わればまさに “諸悪の根源”。くだんの住民は 「あの絵のせいで迷惑をこうむっている」 と感じ、怒りの矛先を絵に向けたというわけだ。それまでは我慢してきたが、いよいよ腹にすえかねるようになったのだろう。
せっかくの壁画やアートプロジェクトも、そこで暮らす住民の生活やプライバシーが保たれ、訪れる人がマナーをわきまえてこそ、その価値が生きると言えるだろう。
Posted by dilbelau at 21:07│Comments(0)
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