2012年04月04日

チャガルチにかつて海水浴場が 4

つづき

1920年代の남빈(南濱=ナンビン)海水浴場(▼)。現在のチャガルチだ。多くの海水浴客で賑わっていたそう。現在は埋め立てられてこの風景は見ることができない。

チャガルチにかつて海水浴場が 4

1903年のチャガルチ(▼)。写真上方左にある大きな木があるところは、現在のBIFF広場。同じくここも埋め立てられた。

チャガルチにかつて海水浴場が 4

1910年頃の南濱(チャガルチ)海岸(▼)。典型的な漁村の風景だ。左手に見える2軒の大きな家は、1909年に東光洞から光復洞に移転してきた釜山公立病院。

チャガルチにかつて海水浴場が 4

1952年の旧・釜山市役所(▼)(現在ロッテ百貨店光復店がある辺り)。1950年に勃発した朝鮮戦争のため、釜山に臨時首都が置かれていた当時、この市役所が臨時首都庁舎として使われていた。壁にかけられているドラクロワの 「自由の女神」 の絵は、旗を韓国の太極旗に描きかえてある。

チャガルチにかつて海水浴場が 4

1950年7月1日、旧・釜山市役所前(▼)。同年6月25日に朝鮮戦争が勃発して1週間の頃だ。写真下方には、停留所で市電の到着を待つ人々の列が見える。

チャガルチにかつて海水浴場が 4

1951年の国際市場(▼)。日本の植民地時代に住宅街だった場所に、解放後、市場が形成され、朝鮮戦争の避難民が生活に必要なものを売り買いする場となった。

チャガルチにかつて海水浴場が 4

つづく


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