2011年07月25日
巨済島-6・25歴史館-8
つづき
各展示館を結ぶ通路にもいろいろな展示がされている(▼)。

「6・25歴史館」(▼)。戦争勃発から休戦にいたるまで朝鮮戦争に参戦した16カ国の状況、被害状況、戦争下での生活の様子などを再現。


「대동강 철교(大同江鉄橋)」(▼)。中国共産軍の参戦により再び後退を余儀なくされた避難民は、爆破された平壌(ピョンヤン)の大同江鉄橋を渡って、自由に向かって必死で避難した。

「M.P橋」(▼)。憲兵の歩哨が立っていた橋は、捕虜が出入りする重要な関門だった。


M.P橋の上からは涼しげな小川が見える。

「捕虜生活館」(▼)。ジュネーブ協定に基づいて自治的に収容所生活を営んでいた捕虜の日常生活の様子を、当時の写真や模型、映像資料を通して知ることができる。



つづく
各展示館を結ぶ通路にもいろいろな展示がされている(▼)。
「6・25歴史館」(▼)。戦争勃発から休戦にいたるまで朝鮮戦争に参戦した16カ国の状況、被害状況、戦争下での生活の様子などを再現。
「대동강 철교(大同江鉄橋)」(▼)。中国共産軍の参戦により再び後退を余儀なくされた避難民は、爆破された平壌(ピョンヤン)の大同江鉄橋を渡って、自由に向かって必死で避難した。
「M.P橋」(▼)。憲兵の歩哨が立っていた橋は、捕虜が出入りする重要な関門だった。
M.P橋の上からは涼しげな小川が見える。
「捕虜生活館」(▼)。ジュネーブ協定に基づいて自治的に収容所生活を営んでいた捕虜の日常生活の様子を、当時の写真や模型、映像資料を通して知ることができる。
つづく
Posted by dilbelau at 21:17│Comments(0)
│巨済島