2011年05月28日

アンニョン、イ・スヒョン 2

つづき

愛用のマウンテンバイクの横で微笑むイ・スヒョン氏のポスターには、彼の書いた詩が記されていた。

アンニョン、イ・スヒョン 2

「私は人生を目いっぱい楽しみながら生きていきたい
人生にはうまくいかないときや苦しいときもあるだろうが
それしきのことで、困難から逃れたり後ずさったりはしたくない
いつでもそれらを受け止める準備はできている
そしてそれらを克服していく勇気も持っている」
                                                  -イ・スヒョン

アンニョン、イ・スヒョン 2

20キロほどの荷物を背負ってマウンテンバイクに乗り、大学の後輩たちと十数日かけて韓国一周の旅をしたこともあるそうだ。またマウンテンバイクだけでなく、水泳・テニスなどスポーツを愛する青年だったそうだ。

アンニョン、イ・スヒョン 2

また 「自分にとっての2番目の国宝はギブソンのギター」 だと言っていたほど、エレキギターにも夢中になった。高麗大学在学中には 「無断外泊」 というバンドのメンバーでもあった。

アンニョン、イ・スヒョン 2

鞄やパスポート・定期券・「赤門会日本語学校」 の学生証など(▼)。「日本での語学研修が終わったら、日本で見聞きし感じたことを土台にして韓国か日本の貿易会社に入社し、両国の交易や文化交流における第一人者になりたい」 という抱負を胸に旅立った、日本への語学留学だった。

アンニョン、イ・スヒョン 2

イ・スヒョン氏のことは日韓の道徳の教科書などでも取り上げられた(▼)。

アンニョン、イ・スヒョン 2

またこの日15:40頃からは、日韓大学生によるイ・スヒョン氏に関する発表会も行われた。日韓大学生がそれぞれ3人ずつ、イ・スヒョン氏の生い立ちから亡くなるまでのことをスライドを使いながら発表した。

アンニョン、イ・スヒョン 2

イ・スヒョンさんは、おじいさんも日本で生活していたことがあり、またお父さんも日本で生まれ6歳まで日本で育ったのだそう。日本に興味を持ち始めたのも、そういう家庭環境も影響していたのかもしれない。

「韓日両国の架け橋になりたい」 という希望を持っていたイ・スヒョンさん。彼の崇高な人間愛の精神を受け継ぎ、今後韓日両国が一層深く交流し友好関係を築いていくよう努力しなければならない、と大学生の発表会はしめくくっていた。


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