頭の肉も無駄なく、おいしく

dilbelau

2013年11月20日 08:35

仕事が終わって帰り支度をしていると、上司が 「会社の裏に、釜山で一番おいしいと評判の편육(ピョニュッ=片肉)の店があるんだけど、見に行ってみない?」 と言う。ピョニュッという言葉は初めて聞いた。何かと尋ねるとPCで画面を見せてくれた。スライスした肉のようで、一見、수육(スユッ=茹で肉)のようにも見える。

「スユッとはちょっと違うんだ。見に行けば分かるよ。自分は買って帰るつもりなんだけど、食べたことないなら試しに買ってみたら?」 とのこと。興味をそそられ、一緒に店に行ってみた。

場所は水晶(スジョン)市場の中。この通りはもう数えきれないほど何度も通っているが、そう言えば、巨大な釜で豚肉を茹でているのをあちこちの店先でよく見かける。解体する前の豚肉をそのまま吊り下げている店があったり、豚の頭部を無造作に置いてある店があったり、とにかく豚肉を扱う店が多い通りだ。

向かったのは 「진주식당」(チンジュ食堂)という店。やはり店先の大きなたらいの中から豚の頭部がのぞいていた。水につけて血抜きしているようだ。上司によるとこの店のピョニュッはたいそう人気で、特に朝、よく売れるのだとか。韓国人は登山が大好きだが、山に登る前にここで肉を買っていき、頂上で一杯やるときにおつまみとして食べるのだという。なるほど。

さて、そのピョニュッを注文すると、店のおばさんが奥から肉の塊を持ってきて、店先の大きなまな板の上にのせた。肉の塊といっても、一般的によく見かける肉の塊ではない。ぎゅっと押し固めた肉のように見える。これは豚肉ですかと尋ねると 「そう。豚の頭の肉を茹でて、あれで押したものね」 と。

「あれ」 と言ったおばさんの視線の先には機械が置いてあった。円形のハンドルを回すことで板が下がる仕組みになっている。板の下に肉を置いてハンドルを回すと肉が圧縮され、余分な脂が抜けるのだ。

おばさんは 「肉を茹でてあれで押したもの」 と簡単におっしゃったが、実際にはけっこう手間のかかる作業のようだ。まず、充分に血抜きした豚の頭をタマネギやショウガ、ニンニクなど匂いを消すための材料とともに大釜でしっかり茹でる。茹であがったら骨から身を外し、熱いうちに麻布などできっちり包んで(または麻袋などに入れて口をしっかり絞って)、重石をするか圧縮機を使って脂を抜きながら半日ほど押し固める。

おばさんが店の奥から持ってきた肉の塊は、この押し固めた状態のものだったのだ。よく切れそうな大きな包丁で、まずは表面を薄くそぐように取り除いていく。表面の部分は食べないようだ。何か他の用途があるのだろうか。

表面をそいだら、肉を適当な大きさに削ぎ切りにしていく。時に角度を変えながら、どんどん削いでいく。途中、「よかったら味見してください」 と、塩と一緒に何切れか出してくれた。私はピョニュッを食べるのは多分これが初めてだが、非常においしかった。

そしてそれとは別の小さめの塊も適当な厚さに切り分けていた(帰宅後、食べてみるとこれはレバーのようだった)。重さを量りながら両方をバランスよく袋に詰める。確か500gくらいで10,000wだった。

そしてピョニュッにつけて食べる用のアミエビの塩辛と味噌も一緒に袋に入れてくれた。

店の名前が 「진주식당」(チンジュ食堂)なので、もしや晋州(チンジュ)のご出身かと思って聞いてみたら、チンジュというのは娘さんのお名前なのだそう。そのチンジュさんも、同じ通りで食堂を経営しているのだとか。「この通りのもうちょっと先でね」 とそちらの方向を見やるおばさんの視線からは、娘を思う母の愛情が感じられた。

さて、帰宅後、早速夫と一緒にいただいてみた。これで10,000w分(▼)。かなりボリュームがある。


肉そのものには塩気がないので、一緒に入れてくれた塩辛や味噌(쌈장)などと一緒に食べるとおいしさが引き立つ。


食感はハムのような感じ。長時間茹でることで脂が落ちているうえ、さらに圧縮機で圧力をかけて脂を抜いているため、脂っこさはない。豚肉特有のにおいもなく、適度な歯ごたえがあってまさにハムのよう。非常においしい。

鼻や耳を含めた豚の頭部の皮や肉など、いろいろな部位がぎゅっと押し固められている様子が断面からも見て取れる。ゼラチン質や軟骨、赤身、脂身などが交じりあった断面はテリーヌのようだ。


手前の三角形はレバー(多分▼)。ほのかにレバー独特のにおいがする。食感もポソポソせずおいしい。


さて、この肉のことを上司は편육(ピョニュッ=片肉)と呼んでいたが、本来、ピョニュッは 「牛や豚などの茹で肉を薄切りにしたもの」 という意味らしい。なのでピョニュッに違いはないが、もう少し正確に言うとすれば 「돼지머리 편육」(豚の頭のピョニュッ)とか、「돼지머리 누름고기」(豚の頭の肉を押し固めたもの)ということになるだろうか。

いずれにしても、釜山で一番おいしいと言われるだけあって、非常においしくいただいた。豚の頭というとギョッとするかもしれないが、人間が豚肉を食べる以上、豚の頭も副産物として必ず出るわけで、その頭部も無駄なくおいしく食べるという知恵から生まれた食べ物だろう。

진주식당(チンジュ食堂)
釜山市東区水晶2洞157-3
(051) 468-4324

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