こっくりトゥルチギ 1
4月7日、水営史蹟公園で開かれた水営野遊の企画公演を夫と観に行った。公演は14時からだったので、散歩がてら水営までゆっくり歩いて行き、適当な店で昼食をいただくことにした。
水営ロータリーやその周辺には飲食店がたくさん立ち並び、また팔도시장(八道市場=パルドシジャン)もあっていつも賑やかだ。この日入ったのは 「시골밥상(シゴルパプサン)」 という食堂。直訳すると 「田舎膳」。よくある店名だ。焼きサバ定食やキムチチゲ、テンジャンチゲ、ピビムパッなどの家庭料理がメニューに並ぶ。ご夫婦で経営しているようだ。
私たちは두루치기정식(トゥルチギ定食)(7,000w・2人以上)を注文。豚肉と野菜のピリ辛炒め煮だ。この店は豚肉と野菜以外に、キムチも一緒に炒めてあった。ボリュームたっぷりでおいしい。そのままでもご飯によく合うし、サンチュに包んで食べてもおいしい。こっくりした味付けだ。
おかず類も美味。店のおばさんの第一印象は少し冷たそうな感じだったが、そのうちおかずのお代わりを聞いてくれたりとニコニコ笑顔。
熱々のテンジャンチゲはワタリガニのダシがきいていて美味。
おいしくいただいておなかいっぱいになったところで、ふとメニューの上の方に飾られてある紙幣が目にとまった。
昔の漢字で 「壱圓」「百圓」、「韓国銀行券」「朝鮮銀行券」 と書かれてある。朝鮮銀行とは日本の特殊銀行の1つ。
Wikipediaによると、近代金融制度の基盤がないまま欧米や日本の資本主義の影響を受けた李氏朝鮮では、1884年以後日本の第一銀行韓国総支店(1878年設立)に関税収入の管理を委託し、やがてそれを担保にして同銀行からの融資を受けるようになった。1902年以降大韓帝国(李氏朝鮮が改称)で第一銀行券を発行して、それを韓国の公用紙幣として流通させる権利を得て、事実上の中央銀行化した。
第一次日韓協約により目賀田種太郎が韓国の財務顧問につくと、民間銀行に過ぎない第一銀行が外国の中央銀行業務を行っている事を問題視。韓国統監伊藤博文と相談した結果、日韓併合直前の1909年に大韓帝国政府、日本皇室、韓国皇室および個人からの資本金により、韓国銀行条例(韓国法)に基づく中央銀行・韓国銀行が設立されて、第一銀行から中央銀行業務を取り上げた。その韓国銀行は併合後の1911年には朝鮮銀行法(日本法)に基づく特殊銀行として朝鮮銀行と改称された。
なお、日韓併合時に、日本銀行券を朝鮮にも流通させようという意見が有力であったが、元老で財政通として知られていた松方正義が、「朝鮮経済の不安定さがそのまま内地に影響するのはまずい」 との見解を示したことから朝鮮銀行券を発行することになったという。
写真一番上は韓国銀行券の壱圓(▲)。「隆熙三年七月法律第二十二号韓国銀行条例を遵奉して発行す」、「此券と相換で金貨或は日本銀行兌換券にて金壱円を出給す」 との記載がある。韓国銀行期の1910年に発行されたものらしい。
真ん中の紙幣も同じく韓国銀行期の1909年に発行された百圓札。
写真下は、朝鮮銀行期の百圓札。「此券引換に日本銀行券百円相渡可申候也」 の記載がある。番号がないところを見ると、1945年終戦直後に発行されたものだろうか。
시골밥상
(051) 752-2244
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