2013年05月06日

写真作家チェ・ミンシク 2

つづき

会場には、写真と共にチェ・ミンシク先生の言葉も紹介されていた。

「私は手が加えられたり演出された写真には興味がない。
ただ、直感でとらえた決定的瞬間を視覚言語に変える努力をしてきた」。

「私の写真に写っている大勢の母親、父親、おばあさん、子どもたちの顔に、私は私の両親や兄弟の姿を見出す。
私は私が撮った写真の中の人物に、強い憐憫を抱いた。
さもなければ写真を撮ることなどできなかっただろう」。

「私はずっと疎外されてきた人物と共にあった。
彼らと私は互いに織り合わさった織物のようなもので、全力で彼らを抱きしめようとした。
そして彼らの中で、私の心の中の隙間がうめられるのを感じた」。

「私の作品は人間が中心だ。
人間が作品を徹底的に支配する。
人間の現存を放棄することができなかったのだ。
私は人間を描写することでのみ、私の考えを伝えることができた。
私の作品は誠実さから生まれる威力を持っており、そこでは芸術と人生が出会い交わっていた」。

「私はあらゆる虚飾的なものを否定する。
写真は見るたびに深みを感じさせ衝撃を与えるものでなければならない。
私はそういう気持ちで、苦痛の中にある人、祈る人、泣く人、沈黙、そして微笑み、
これら全てのものを写真に写してきた」。

また、会場に一角にはチェ・ミンシク先生愛用のカメラやベレー帽、直筆の原稿なども展示されていた。

写真作家チェ・ミンシク 2

以下、愛用品コーナーに掲げられていた文章。
*****

大切な子ども

人間の中で最も小さく最も弱い構成員である子どもたちが、この堕落した社会の罪に対し最も大きな対価を払わねばならぬことが多い。にもかかわらず、子どもたちはこの社会の巨大集団の中で最も低い順位にある。私たちは今この瞬間から、子どもたちに時間と関心、尊重、献身を与えなければならない。それらは子どもたちが当然受けるべきものであり、神が求られることでもあるのだ。

私は約50年間、「人間」 を撮ってきた。長い時が経ち、当時、空腹に耐えていた 「少年」 はすでに老人になった。写真は瞬間として残り、私たちに永遠というメッセージを伝える。私の精神とその時代性を表し、これを歴史の記録として残す。ヒューマニズムは今に至るまで、私の写真創作の中心思想であったし、これからもずっと写真を通して私の思想が大衆の心の奥深くに広がっていくよう、まい進する決意だ。招待展を開いてくれたロッテ百貨店の皆さんに心から感謝申し上げる。

チェ・ミンシク
*****

*「少年時代」 という写真展は、昨年、ソウルやテジョンのロッテ百貨店でも開催された。上記挨拶文は、そのときのものと思われる。

チェ・ミンシク先生とは何度かお会いしたが、いつもトレードマークのベレー帽をかぶり、カメラを肩から提げていらっしゃった。

写真作家チェ・ミンシク 2

几帳面な筆跡(▼)。

写真作家チェ・ミンシク 2

写真集や著作(▼)。

写真作家チェ・ミンシク 2

先生の作品や、ベレー帽・カメラなどを見ていると、すでにこの世を去られたことが信じられないような感じがしてきた。会場のどこかから、いつものスタイルでふいに現れそうな・・・。

チェ・ミンシク先生、一日本人に過ぎない私たちにもいつも丁寧に接してくださいましたね。
先生の写真や生き様から勇気と感動をいただきました。
天国でもカメラを構えていらっしゃるのでしょうか。
どうぞゆっくりお休みください。
ありがとうございました。


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