2012年07月07日
久しぶりにテジョンデへ 1
先日の日曜日、久しぶりに夫と태종대(テジョンデ=太宗台)に行った。ブログをさかのぼって見ると前回行ったのは、2008年の5月。私たちが釜山で暮らし始めてほぼ3カ月のときだ。
私にとってはそれが “初テジョンデ” だったので何の違和感も感じなかったが、夫は1980年代にも訪れたことがあるそうで、当時とは様子がずいぶん変わっているととても驚いていた。80年代当時も一応観光地ではあったが訪れる人も少なく、灯台下の岩場まで下りて行くのも、現在のように階段が整備されておらず、相当苦労したそうだ。
もちろん現在走っているような 「다누비(タヌビ)」(敷地内をめぐる列車)などなく、今は一般車両通行止めになっているが、当時は一般の車両も走っていたそうだ。もっとも当時はまだマイカー時代ではなかったため、通行量は少なかったそうだが。
さて、この日テジョンデに向かったのは、ある新聞記事がきっかけだった。テジョンデ内にある태종사(テジョンサ=太宗寺)というお寺のアジサイが満開だと写真つきで紹介されていたのだ。日本にも各地にアジサイ寺があるが、その光景を彷彿とさせるような写真だった。
この日は、1日中ジメジメと雨が降っていた前日とは打って変わり、朝から爽やかに晴れ渡っていた。テジョンデまでは、市内バス8・30・66・88・101のいずれかで。私たちは釜山鎮駅から88番に乗って行った。
終点のテジョンデ停留所で降りると目の前に遊覧船の乗船券売り場があり、バスから降りてきた人相手にかなり積極的な呼び込みをしていた。マイクを使って大きな声で、半ば強引と思えるほどの客引き。こういうのには辟易してしまう。
遊覧船売り場を通り過ぎても、テジョンデの入口へと続く道路の両側には食堂や売店などが並んでおり、食堂のおばさんからも熱烈な呼び込みを受ける。中には道路をはさんだ向かい側にいる私たちにまで、手招きしながら呼び込むおばさんもいた。2008年に来たときもこんなにたくさん食堂があったかしらと思うほど、左右にぎっしり並んでいる。
呼びこみの声を振り切って、テジョンデ入口に到着。

7世紀後半、新羅(シルラ)が高句麗(コグリョ)、百済(ぺクチェ)を統一した태종대열왕(太宗武烈王=テジョンムヨルワン)(新羅王朝第29代王)が、後にこの地を訪れたとき、その絶景に感動して弓矢を放ったという言い伝えから 「태종대」(太宗台=テジョンデ)と呼ばれるようになったと言われているそうだ。
入口のゲートから先は一般車両は入れないため、入口前は駐車場に並ぶマイカーで混雑していた。ゲートをくぐって進んでいくと、右手に敷地内を1周する列車 「다누비」(タヌビ)の乗車券売り場と乗車口が。乗車口には順番を待つ人の長い行列ができていた。

タヌビはテジョンデの周回道路を、起点から左回りに回る列車で途中の乗り降りは自由。料金は19~64歳は1,500w、13~19歳は1,000w、4~12歳は600w(こどもの日は無料)、65歳以上は無料だそう。

私たちは前回同様、1周約4kmの周回道路を歩いて回ることにした。この日は周回道路の起点から右回りのルートで。テジョンデはたくさんの緑に囲まれている。土と木の香りを胸一杯に吸い込みながら歩いて行く。

周回道路を左回りに走るタヌビとは途中何度もすれ違った。どのタヌビも乗客は満員。

灯台の近くには展望レストランや喫茶店などもあり、周回道路沿いにはこのような小さな売店もいくつかある(▼)。公衆トイレもところどころに。

つづく
私にとってはそれが “初テジョンデ” だったので何の違和感も感じなかったが、夫は1980年代にも訪れたことがあるそうで、当時とは様子がずいぶん変わっているととても驚いていた。80年代当時も一応観光地ではあったが訪れる人も少なく、灯台下の岩場まで下りて行くのも、現在のように階段が整備されておらず、相当苦労したそうだ。
もちろん現在走っているような 「다누비(タヌビ)」(敷地内をめぐる列車)などなく、今は一般車両通行止めになっているが、当時は一般の車両も走っていたそうだ。もっとも当時はまだマイカー時代ではなかったため、通行量は少なかったそうだが。
さて、この日テジョンデに向かったのは、ある新聞記事がきっかけだった。テジョンデ内にある태종사(テジョンサ=太宗寺)というお寺のアジサイが満開だと写真つきで紹介されていたのだ。日本にも各地にアジサイ寺があるが、その光景を彷彿とさせるような写真だった。
この日は、1日中ジメジメと雨が降っていた前日とは打って変わり、朝から爽やかに晴れ渡っていた。テジョンデまでは、市内バス8・30・66・88・101のいずれかで。私たちは釜山鎮駅から88番に乗って行った。
終点のテジョンデ停留所で降りると目の前に遊覧船の乗船券売り場があり、バスから降りてきた人相手にかなり積極的な呼び込みをしていた。マイクを使って大きな声で、半ば強引と思えるほどの客引き。こういうのには辟易してしまう。
遊覧船売り場を通り過ぎても、テジョンデの入口へと続く道路の両側には食堂や売店などが並んでおり、食堂のおばさんからも熱烈な呼び込みを受ける。中には道路をはさんだ向かい側にいる私たちにまで、手招きしながら呼び込むおばさんもいた。2008年に来たときもこんなにたくさん食堂があったかしらと思うほど、左右にぎっしり並んでいる。
呼びこみの声を振り切って、テジョンデ入口に到着。
7世紀後半、新羅(シルラ)が高句麗(コグリョ)、百済(ぺクチェ)を統一した태종대열왕(太宗武烈王=テジョンムヨルワン)(新羅王朝第29代王)が、後にこの地を訪れたとき、その絶景に感動して弓矢を放ったという言い伝えから 「태종대」(太宗台=テジョンデ)と呼ばれるようになったと言われているそうだ。
入口のゲートから先は一般車両は入れないため、入口前は駐車場に並ぶマイカーで混雑していた。ゲートをくぐって進んでいくと、右手に敷地内を1周する列車 「다누비」(タヌビ)の乗車券売り場と乗車口が。乗車口には順番を待つ人の長い行列ができていた。
タヌビはテジョンデの周回道路を、起点から左回りに回る列車で途中の乗り降りは自由。料金は19~64歳は1,500w、13~19歳は1,000w、4~12歳は600w(こどもの日は無料)、65歳以上は無料だそう。
私たちは前回同様、1周約4kmの周回道路を歩いて回ることにした。この日は周回道路の起点から右回りのルートで。テジョンデはたくさんの緑に囲まれている。土と木の香りを胸一杯に吸い込みながら歩いて行く。
周回道路を左回りに走るタヌビとは途中何度もすれ違った。どのタヌビも乗客は満員。
灯台の近くには展望レストランや喫茶店などもあり、周回道路沿いにはこのような小さな売店もいくつかある(▼)。公衆トイレもところどころに。
つづく
Posted by dilbelau at 09:24│Comments(0)
│太宗台