2010年02月28日
'10.2.28(日)過ぎたるは及ばざるが如し?!
韓国ではキム・ヨナ選手の金メダルの興奮冷めやらぬ昨日の午後、夫といつものスタバへ。この日は読書用の本などを持参していなかったため、スタバに備え付けてある 「여성신문(女性新聞)(2月20~26日号)」 をパラパラとめくっていた。
その中に、ちょっと興味深い記事が。
『クリック インターネット / 모태범(モ・テボム)選手の快挙にネチズン熱狂』
という見出し。今回の冬季五輪スピードスケート男子500mの金メダリスト、モ・テボム選手のことだ。
(また言わずと知れたネチズンとは 「network citizen」(ネットワーク市民)を短縮した造語で、コンピュータネットワーク内に形成されるコミュニティに対して帰属意識を持ち、主体的に関わっていこうとする人々のこと。)
「女性新聞」 の編集委員である박정원氏によるこの記事を、以下に紹介したい。

(↑↑ 写真は2月16日付けの전남조은뉴스より)
モ・テボム(21歳・韓国体大)選手が、2010バンクーバー冬季オリンピック スピードスケーティング男子500mで金メダルを取り、世界を驚かせた。モ・テボムは該当種目での今シーズンワールドシリーズ世界ランキング14位で、メダル圏に入ることさえ予測することが難しい選手。ネチズンたちは ”韓国빙속(氷速=スピードスケーティング)競技の歴史上、オリンピック最初の金メダル!お祝いのお餅を配らねば!”、 ”国家イメージがシュンシュンと上がる。本当にありがたい^^” と、喜びを表現し、”弟よ(モ選手への呼びかけ)、すごい”、”「못해범(ダメなボム)」 が 「잘했범(よくやったボム)」 に。”、 ”「멋져범(すごいボム)!」 ”(*)などのお祝いの書き込みがあった。
(*)いずれも、「모태범(モ・テボム)という名前の発音や意味をもじったもの。
さらに、彼が金メダルを取った直後 「無関心がむしろありがたかった」 と言ったことが、ネチズンたちの間でさらなる話題となった。 ”本当にどこまでいけば、無関心がクスリだという言葉が出てくるのか、反省しよう” という声と、 ”過度の関心は毒にもなる。関心を持ちつつ応援してあげることも、程度をわきまえてこそいいと思う。” という意見が上がってきた。 ”本当にこんなインタビューを見ると、有能な選手たちの最大の敵は心の内側にあるようだ。” また、”当たり前のようにメダルを取れるというようなことがあるものか。こうやって思いがけない変数も生じたりするものだ。” などの書き込みもあった。
ある海外同胞のネチズンは、 ”頼むから静かに応援しよう!ここはカナダ。今朝ずっとテレビでカナダの500mのメダル有望株が、周りの期待感による重圧に勝てず9位に終わり、非常に残念だったという分析が主流となっているんですよ。この先まだ競技が残っている我々の選手たちのために、うかれて騒ぎすぎないようにしたらいいなと思います。” という書き込みをして注目を集めた。
金メダルだけに注目して、1等にだけ歓喜する風潮を警戒しつつ、”金(きん)狩り、金レース、金メダル、金金金・・・という負担を与える言論が問題。自制しなければならないようだ。” という書き込みとともに、 ”金、金とこだわりすぎるな。ただ応援するだけだ!モ・テボム選手が後悔のない競技、最善を尽くす競技、正々堂々とした試合をすることを願うだけだ。” という書き込みもあった。 ”1等だけ記憶に残す大韓民国”、”金メダルだけが認められる卑しい社会になるな” という書き込みも目を引いた。
”冬季オリンピックを見てみると、本当に珍しい種目もたくさん見かけます。関心を持つことができなくて申し訳ない選手たちも多く、いろいろなところで、多くの支援をしてあげればいいのにという気がします。” という書き込みとともに、 ”1・2等の選手のほかには出場する選手がいないのかと思うほど、ごく一部の選手だけが集中してスポットライトを浴びていたが、行き過ぎた関心も問題だけれども、しかし出場する選手たち何団かぐらいは、きちんと知らせてあげないといけないんじゃないのか?” という意見もあった。
今回の冬季オリンピックに出場したフィギュアスケートのキム・ヨナ選手に対する、過度の関心を憂慮する声も上がった。 ”外信が先だって、キム・ヨナ選手の敵は5,000万の国民だと言ったことを覚えていますね?” また、”どうかヨナに対して心の底から応援しましょう。もしこれが我々の国で競技していたとしたら、むしろその方がどんなにか辛かったことだろう” と、気の毒に思う気持ちを書いてもいた。
ネチズンたちは、かつて予想もできなかった快挙をもたらしてくれた、今回のモ・テボム選手の活躍に対し、”じーんと感動するカタルシス、清涼飲料だ!” と痛快に言い、モ選手の宣戦が期待される1,000m、1,500m競技を前に、”最善、それ以上の方法はない”、”全世界をもう一度驚かせ、楽しみのない市民たちに喜びと勇気をおくれ” などの書き込みをし、応援をしている。
オリンピックにおいて、自国選手が獲得したメダルの数、特に金メダルの数はどの国の人でもある程度気になるのは当然といえば当然のことだろう。しかし、韓国でこの記事のように、あまりに金メダルに固執するあまり選手に対して過度な期待・重圧感を与えてしまっている現状を嘆く人もいるというのは、新鮮な感じがした。”参加することに意義がある” という原点に立ち返り、純粋に選手の応援をしましょうという考えが、今後広まっていくだろうか。
その中に、ちょっと興味深い記事が。
『クリック インターネット / 모태범(モ・テボム)選手の快挙にネチズン熱狂』
という見出し。今回の冬季五輪スピードスケート男子500mの金メダリスト、モ・テボム選手のことだ。
(また言わずと知れたネチズンとは 「network citizen」(ネットワーク市民)を短縮した造語で、コンピュータネットワーク内に形成されるコミュニティに対して帰属意識を持ち、主体的に関わっていこうとする人々のこと。)
「女性新聞」 の編集委員である박정원氏によるこの記事を、以下に紹介したい。

(↑↑ 写真は2月16日付けの전남조은뉴스より)
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モ・テボム(21歳・韓国体大)選手が、2010バンクーバー冬季オリンピック スピードスケーティング男子500mで金メダルを取り、世界を驚かせた。モ・テボムは該当種目での今シーズンワールドシリーズ世界ランキング14位で、メダル圏に入ることさえ予測することが難しい選手。ネチズンたちは ”韓国빙속(氷速=スピードスケーティング)競技の歴史上、オリンピック最初の金メダル!お祝いのお餅を配らねば!”、 ”国家イメージがシュンシュンと上がる。本当にありがたい^^” と、喜びを表現し、”弟よ(モ選手への呼びかけ)、すごい”、”「못해범(ダメなボム)」 が 「잘했범(よくやったボム)」 に。”、 ”「멋져범(すごいボム)!」 ”(*)などのお祝いの書き込みがあった。
(*)いずれも、「모태범(モ・テボム)という名前の発音や意味をもじったもの。
さらに、彼が金メダルを取った直後 「無関心がむしろありがたかった」 と言ったことが、ネチズンたちの間でさらなる話題となった。 ”本当にどこまでいけば、無関心がクスリだという言葉が出てくるのか、反省しよう” という声と、 ”過度の関心は毒にもなる。関心を持ちつつ応援してあげることも、程度をわきまえてこそいいと思う。” という意見が上がってきた。 ”本当にこんなインタビューを見ると、有能な選手たちの最大の敵は心の内側にあるようだ。” また、”当たり前のようにメダルを取れるというようなことがあるものか。こうやって思いがけない変数も生じたりするものだ。” などの書き込みもあった。
ある海外同胞のネチズンは、 ”頼むから静かに応援しよう!ここはカナダ。今朝ずっとテレビでカナダの500mのメダル有望株が、周りの期待感による重圧に勝てず9位に終わり、非常に残念だったという分析が主流となっているんですよ。この先まだ競技が残っている我々の選手たちのために、うかれて騒ぎすぎないようにしたらいいなと思います。” という書き込みをして注目を集めた。
金メダルだけに注目して、1等にだけ歓喜する風潮を警戒しつつ、”金(きん)狩り、金レース、金メダル、金金金・・・という負担を与える言論が問題。自制しなければならないようだ。” という書き込みとともに、 ”金、金とこだわりすぎるな。ただ応援するだけだ!モ・テボム選手が後悔のない競技、最善を尽くす競技、正々堂々とした試合をすることを願うだけだ。” という書き込みもあった。 ”1等だけ記憶に残す大韓民国”、”金メダルだけが認められる卑しい社会になるな” という書き込みも目を引いた。
”冬季オリンピックを見てみると、本当に珍しい種目もたくさん見かけます。関心を持つことができなくて申し訳ない選手たちも多く、いろいろなところで、多くの支援をしてあげればいいのにという気がします。” という書き込みとともに、 ”1・2等の選手のほかには出場する選手がいないのかと思うほど、ごく一部の選手だけが集中してスポットライトを浴びていたが、行き過ぎた関心も問題だけれども、しかし出場する選手たち何団かぐらいは、きちんと知らせてあげないといけないんじゃないのか?” という意見もあった。
今回の冬季オリンピックに出場したフィギュアスケートのキム・ヨナ選手に対する、過度の関心を憂慮する声も上がった。 ”外信が先だって、キム・ヨナ選手の敵は5,000万の国民だと言ったことを覚えていますね?” また、”どうかヨナに対して心の底から応援しましょう。もしこれが我々の国で競技していたとしたら、むしろその方がどんなにか辛かったことだろう” と、気の毒に思う気持ちを書いてもいた。
ネチズンたちは、かつて予想もできなかった快挙をもたらしてくれた、今回のモ・テボム選手の活躍に対し、”じーんと感動するカタルシス、清涼飲料だ!” と痛快に言い、モ選手の宣戦が期待される1,000m、1,500m競技を前に、”最善、それ以上の方法はない”、”全世界をもう一度驚かせ、楽しみのない市民たちに喜びと勇気をおくれ” などの書き込みをし、応援をしている。
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オリンピックにおいて、自国選手が獲得したメダルの数、特に金メダルの数はどの国の人でもある程度気になるのは当然といえば当然のことだろう。しかし、韓国でこの記事のように、あまりに金メダルに固執するあまり選手に対して過度な期待・重圧感を与えてしまっている現状を嘆く人もいるというのは、新鮮な感じがした。”参加することに意義がある” という原点に立ち返り、純粋に選手の応援をしましょうという考えが、今後広まっていくだろうか。
Posted by dilbelau at 16:59│Comments(2)
│スポーツ
この記事へのコメント
今の韓国国民のオリンピックの熱狂的応援は何故か昔昔の日本のように思えてなりません。東京オリンピックの時、私は小学生でしたが当時の日本も同じように、国民が一団となって民族意識を丸出しにしていましたね。今の日本人には無いような、、。
でも韓国人には<参加する事に意義がある>なんて理解できる人はすくないだろうし、<参加するだけでは異議がある>になってしまうんんじゃないかな?原点って何の意味があるの?と聞き返されそうです。
でも韓国人には<参加する事に意義がある>なんて理解できる人はすくないだろうし、<参加するだけでは異議がある>になってしまうんんじゃないかな?原点って何の意味があるの?と聞き返されそうです。
Posted by 金海のおじさん at 2010年03月01日 13:30
金海のおじさん さま
「参加するだけでは異議がある」ですか。なるほど (^^;
国によって、また時代によってもこのような行事に対する感情は多種多様でしょうね。
「参加するだけでは異議がある」ですか。なるほど (^^;
国によって、また時代によってもこのような行事に対する感情は多種多様でしょうね。
Posted by dilbelau
at 2010年03月01日 16:28
