2009年10月20日

'09.10.20(火)写真で見るチャガルチの今昔①

第18回チャガルチ祭りの会場内に、1884年~1970年台までのチャガルチの様子を写真パネルで展示してあるコーナーがあった。

↓↓ 1894年チャガルチ東側の海辺。
1894年10月27日ロンドンで発行された週間時事雑誌 「The Graphic」 誌に報道された、チャガルチ東側の海辺。舟がつながれている場所は、現在の南浦派出所近辺。

09.10.20(火)写真で見るチャガルチの今昔①

↓↓ 1902年チャガルチ海岸の風景
1902年韓国の風物写真を撮るため、イギリスから来た写真作家Herbert George Pontingが撮影。海に面した住宅などが台風や津波の被害に遭わないよう、土を詰めたかます(藁むしろを2つ折りにして作った袋)で土台を補強していた。写真上部に見えている大きな木のあるところは、現在のPIFF広場あたり。

09.10.20(火)写真で見るチャガルチの今昔①

↓↓ 1903年海産物を荷役している様子
1903年チャガルチ海岸で海産物を荷役している様子。釜山近隣の海岸地方から、帆船でチャガルチ海岸に輸送されてくると、選別作業などを経て日本に輸出されたり、全国各地に売られていった。

09.10.20(火)写真で見るチャガルチの今昔①

↓↓ 1903年乾魚物市場前のスケトウダラ商人
1903年当時 現在の釜山デパートあたりに、遊郭として有名だった 「浪花旅館」 があり、その前に乾魚物市場が形成されていった。当時この一帯は日本人前官の居留地の中心で、日本人が頻繫に往来していたため、近隣各地の水農産物をこのように背負い荷にして持ってきて、道で広げて売ったりもしていた。

09.10.20(火)写真で見るチャガルチの今昔①

↓↓ 1903年チャガルチ船舶修理所
現在、南港と呼ばれているチャガルチ前の海岸を、日帝占領期、日本人は南濱海岸と呼んだ。南濱海岸前の釜山南港一帯は、近くに洛東江があるために水資源が豊富で、1900年初めまで典型的な漁村を形成していた。そのためこの辺り一体の海岸に、小型木造舟を作ったり修理したりするところができた。

09.10.20(火)写真で見るチャガルチの今昔①

つづく


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