新聞社での仕事も3日目。この日は部長も次長も仕事の都合ででかけるため、一緒に昼食を食べることができないとのこと。じゃあ、今日は一人で食べておきますと言う私に、次長は 「一人で食べられますか?」 と。
日本ではやや不自然ともとれる 「一人で食べられますか?」 という質問は、韓国の食習慣ならではのものだ。韓国では普通、食堂などで一人で食事をすることはあまりない。最近ではその習慣もやや薄らぎ、一人で食事したりカフェで一人で読書したりという姿も珍しくはないが、それでも基本的に一人で食事をすることはあまり好まれない。
食事は大勢で楽しくするものであって、一人で食事をするのは寂しいことだという意識が定着しているようだ。食事を一緒にする友達もいないのかというふうに見られることを恐れ、一人で食事をすることを避ける。そういうふうに見られるのではないかという被害妄想ではなく、実際にそういう目で見られるのだそうだ。
また、カフェで一人でお茶を飲んでいるときなども、一人でいることで 「あの人は友達もいない孤独な人なのか」と思われることを避けるため、実際には通話していないのに携帯を耳に当てて、誰かと話しているふりをしたりすることまであるのだと聞いたことがある。実に涙ぐましい努力だ。
これは日本人にはなかなか理解しづらい感覚だろう。人にもよるが、日本では一人で食事をすることはそれほど特別なことではない(一人で飲食店に入ることができないという人も、中にはいるようだが)。また、一人で食事をしている人がいても特に何とも思わないし、ましてやあの人は一緒に食事する友達もいないのか、なんていう発想にはならない。
大きな文化・習慣の違いだ。
さて 「一人で食べられますか?」 という次長の質問に戻ると、私の答えは当然 「もちろんです」。日本でも、そして上記のような習慣があると知っている韓国ででも、私は一人で食堂やカフェに入ることに何の抵抗もない。
それでも念のためと思ったのか次長は、「このあたりでは、〇〇という店なら一人で食べていても大丈夫だから。他の店で一人で食べていると、ちょっとアレだけど・・・」 と、わざわざ一人で食べても違和感がない(らしい)店を教えてくれた。
「원앙」 という名前のその店は、충무김밥(忠武キムパッ)とうどんの専門店。ここに入るのは2回目だが、小さな店ながらいつも客で賑わっている。2階にも席がある。
忠武(チュンム)キムパッとうどんの専門店ということなので、その2つがセットになったメニュー(4,000w)を注文してみた。
충무김밥(忠武キムパッ)は、一般的なキムパッとは違い、海苔巻きの中はご飯だけで具は一切入っていない。また海苔巻きの大きさも、普通のものとは比べ物にならないほど細く、長さも短い一口サイズだ。また海苔にごま油が塗られていないのも、普通のキムパッとは違う点だ。
一緒に出てくるぶつ切りのカクトゥギとイカの和え物と共に食べる。食堂で食べる場合はお箸で食べればよいが、テイクアウトする場合は爪楊枝がついてくるので、その爪楊枝で忠武キムパッやカクトゥギ・イカの和え物を突き刺して食べるのが、韓国スタイルだ。
この個性的な忠武キムパッは、충무(忠武)が発祥の地。慶尚南道南部の南海沿いにある固城半島に位置し、現在は통영시(統営市)と呼ばれている。
そこがまだ충무(忠武)と呼ばれていた当時、普通のキムパッを作って売っていた어두이(魚斗伊=オドゥイ)というおばあさん。夏の暑い日ざしの下ではキムパッがすぐに傷んでしまうため、どうすればよいかと頭を悩ませていた。ある日、昔の人々はお弁当が傷んでしまわないようご飯とおかずを別々に詰めていたことをヒントに、キムパッを改良したそうだ。それがこの忠武キムパッのはじまりと言われている。
ご飯の中央に具を置いて巻いた海苔巻きから、ご飯だけを巻いた一口サイズの海苔巻きとおかず(カクトゥギ・イカの和え物)を別々にするよう改良したのだ。
1981年に、汝矣島(ヨイド)で開かれた大規模文化行事 「国風81」 ( 光州事件1周年を迎えるにあたって起きる反政府の動きを、事前に遮断しようと開かれた行事)のとき、オドゥイおばあさんが売っていたこの忠武キムパッがマスコミに取り上げられ、全国的に有名になったのだそうだ。
忠武キンパッの海苔巻きはいわば細長いおにぎりのような感じだが、塩味も何もついていないので、添えられるカクトゥギやイカの和え物が味のアクセントになる。
こちらがセットのうどん。見た目は日本のうどん風だ。麺は細めでコシはないが、ダシはとてもおいしい。
メニューは他にも、石釜ピビムパッやざるそばなどいろいろある。次長によるとざるそばはなかなかおいしいのだそうだ。是非夏に食べてみたい。
원앙
釜山市東区水晶2洞241-4
(051) 462-8069