2011年08月10日
済州島紀行-コマワラ-8
つづき
もう少し車を走らせると、たくさんの人がしゃがみこんで何かを採っている場所にさしかかった。

地図を見ると 「終達里(チョンダルリ)貝採り漁場」 と書いてあるので、きっとみなさん貝を採っているのだろう。

海沿いには大小さまざまな溶岩が、塔のように積まれている。これも風よけだろうか。


見渡す限り溶岩だらけ。

チェジュならではのこういう風景が珍しくて、車を停めて眺めたり写真を撮ったりしていると、あるおばあさんが私たちの方に向かって何か言いながら近づいてきた。海の方から。
長年よく働いてきたのだろう、腰の曲がったおばあさん。どうやら貝採りの作業をしていたようだ。何を言っているのかよく聞こえなかったが、人懐こそうな笑顔を浮かべて近づいてくる。
もしかしていかにも 「観光客」 の私たちに、自分が採った貝を売ろうとしているのかと一瞬ひるんだが、そうではなかった。近づいてくるおばあさんの声の中にようやく 「휴대폰(携帯電話)・・・배터리(バッテリー)が・・・」 と、聞き取れる言葉があった。
どうやら 「手持ちの携帯電話のバッテリーが切れてしまったので、ちょっと貸してもらえないか」 と言っているらしい。チェジュの方言はかなり強いと話には聞いていたが、本当に強かった(年配の方なので特に)。聞き取れる単語が少しあるぐらいで、あとの部分はその単語をつなぎ合わせて想像しなければならない。
私がかばんの中からケータイを取り出す様子を見て、おばあさんはよっこらしょと岩場に腰をかける。そして私がケータイを開くが早いか、おばあさんは 「018の・・・」 とかけたい相手の電話番号を言い始める。数字には方言はないようだ。楽に聞き取れる。
番号を押し終わってケータイをおばあさんに差し出すと、はめていた軍手を外して何度も何度も手をズボンでふいてから丁寧にケータイを受け取る。
どうやら家族にかけているようだ。やはり貝採りの作業をしているようで 「今何時?5時半になったら迎えに来てね」 というようなことを話していた。
電話が終わると 「アイゴー コマワラー(あらぁ、どうもありがとね)」 と、ものすごい勢いでお礼を言われる。満面の笑顔で。「コマワラー」 は 「コマウォヨー(ありがとう)」 の方言のようだ。
電話も終わったことだし、そろそろ出発しようかと車のドアを開けて乗り込もうとすると、車のシートに置いてあったチェジュの地図が目にとまったおばあさん、
「あらー、えらいわねー。自分たちで地図見て回ってるの。へぇー。どこの国の人?日本?あらー、日本?まぁ、ほんとにありがとね、ありがとね・・・」 と言っていた(と思う)。
「で、日本の人なのにどうして韓国語が通じるのかしらね」
『今、釜山に住んでいるんです。釜山からチェジュに遊びに来たんです』
「釜山が故郷なの?」
『いえ、故郷は日本なんですけど・・・』
おばあさんは少し、ナンダカ ヨクワカラナイケド・・・というような表情を浮かべ、「まあとにかくコマワラ、コマワラ~」 と。
沖縄と同じく、昔は 「탐라국(耽羅国=タムナグッ)」 という独立した王国(297~1402年)だったチェジュ。その独特の言葉は、独自に発達していた文化の名残の一つだろう。
短い会話を交わしただけの名前も知らないおばあさんだが、このおばあさんとの会話は今回のチェジュ旅行の中で一番印象に残ったことの1つだった。
つづく
もう少し車を走らせると、たくさんの人がしゃがみこんで何かを採っている場所にさしかかった。
地図を見ると 「終達里(チョンダルリ)貝採り漁場」 と書いてあるので、きっとみなさん貝を採っているのだろう。
海沿いには大小さまざまな溶岩が、塔のように積まれている。これも風よけだろうか。
見渡す限り溶岩だらけ。
チェジュならではのこういう風景が珍しくて、車を停めて眺めたり写真を撮ったりしていると、あるおばあさんが私たちの方に向かって何か言いながら近づいてきた。海の方から。
長年よく働いてきたのだろう、腰の曲がったおばあさん。どうやら貝採りの作業をしていたようだ。何を言っているのかよく聞こえなかったが、人懐こそうな笑顔を浮かべて近づいてくる。
もしかしていかにも 「観光客」 の私たちに、自分が採った貝を売ろうとしているのかと一瞬ひるんだが、そうではなかった。近づいてくるおばあさんの声の中にようやく 「휴대폰(携帯電話)・・・배터리(バッテリー)が・・・」 と、聞き取れる言葉があった。
どうやら 「手持ちの携帯電話のバッテリーが切れてしまったので、ちょっと貸してもらえないか」 と言っているらしい。チェジュの方言はかなり強いと話には聞いていたが、本当に強かった(年配の方なので特に)。聞き取れる単語が少しあるぐらいで、あとの部分はその単語をつなぎ合わせて想像しなければならない。
私がかばんの中からケータイを取り出す様子を見て、おばあさんはよっこらしょと岩場に腰をかける。そして私がケータイを開くが早いか、おばあさんは 「018の・・・」 とかけたい相手の電話番号を言い始める。数字には方言はないようだ。楽に聞き取れる。
番号を押し終わってケータイをおばあさんに差し出すと、はめていた軍手を外して何度も何度も手をズボンでふいてから丁寧にケータイを受け取る。
どうやら家族にかけているようだ。やはり貝採りの作業をしているようで 「今何時?5時半になったら迎えに来てね」 というようなことを話していた。
電話が終わると 「アイゴー コマワラー(あらぁ、どうもありがとね)」 と、ものすごい勢いでお礼を言われる。満面の笑顔で。「コマワラー」 は 「コマウォヨー(ありがとう)」 の方言のようだ。
電話も終わったことだし、そろそろ出発しようかと車のドアを開けて乗り込もうとすると、車のシートに置いてあったチェジュの地図が目にとまったおばあさん、
「あらー、えらいわねー。自分たちで地図見て回ってるの。へぇー。どこの国の人?日本?あらー、日本?まぁ、ほんとにありがとね、ありがとね・・・」 と言っていた(と思う)。
「で、日本の人なのにどうして韓国語が通じるのかしらね」
『今、釜山に住んでいるんです。釜山からチェジュに遊びに来たんです』
「釜山が故郷なの?」
『いえ、故郷は日本なんですけど・・・』
おばあさんは少し、ナンダカ ヨクワカラナイケド・・・というような表情を浮かべ、「まあとにかくコマワラ、コマワラ~」 と。
沖縄と同じく、昔は 「탐라국(耽羅国=タムナグッ)」 という独立した王国(297~1402年)だったチェジュ。その独特の言葉は、独自に発達していた文化の名残の一つだろう。
短い会話を交わしただけの名前も知らないおばあさんだが、このおばあさんとの会話は今回のチェジュ旅行の中で一番印象に残ったことの1つだった。
つづく
Posted by dilbelau at 09:01│Comments(0)
│済州島